城北公園通駅、JR野江駅周辺

  • 2019.03.17 Sunday
  • 02:45
前回に引き続き、開通前の新駅。
位置図ラフ
城北公園通駅 JR野江駅 地図
城北公園通駅周りは、昭和44年(1969)に大阪市電が廃止されて以来、50年ぶりに鉄道が復活する。
地下鉄谷町線が避けてしまった地域。
城北(しろきた)は、明治22年から大正14年までの村名。この「城」とは、大阪城ではなく榎並城のこと(角川日本地名大辞典より)。通り名の由来となった城北公園までは駅から970mで、ギリギリ1km圏内。

JR野江駅近辺には谷町線と京阪の駅がある。
こちらも淡路と同様に普通の速度で歩いてみた結果、谷町線野江内代とJR野江の改札間は6分40秒。JR野江と京阪野江の改札間は1分50秒で、淡路の阪急JR間より速かった。

大阪市 城北公園通駅
城北公園通駅(しろきたこうえんどおり)。こちらは高架の東側だが、西側にも出られる。駅前広場は無い。前輪ロック式駐輪場が駅傍にある。
ガード奥に、蕪村通商店街が見える。

大阪市 城北公園通駅
駅から西に伸びる蕪村通商店街。毛馬出身の与謝蕪村にあやかって命名されている。大川沿いには蕪村公園が、毛馬閘門近くには与謝蕪村生誕地の碑がある。
都島大東郵便局が見えるが、地名は大東町であり、由来はなんと大東亜戦争である(都島区サイトより)。
昭和18年都島区誕生の際、毛馬・友淵(渕)・赤川の一部を切り取って、この新地名が出来た。

大阪市 城北公園通駅
駅の南を横切る城北川(運河)と、西浪橋公園。上は阪神高速守口線。
雨が降っているが、噴水は動いている。雨の日は止めてもいいと思う。

大阪市 城北公園通駅
駅の北西、城北公園通より先は、淀川堤防まで城北緑道が伸びる。左は桜宮高校グラウンドのネット。
駅から城北緑道経由で淀川堤防まで880m。

大阪市 城北公園通駅
複線化された赤川鉄橋。

大阪市 城北公園通駅
単線で、人が通る事ができた時代の赤川鉄橋。平成21年(2009)

大阪市 赤川 日吉神社
淀川堤防から見る、赤川の日吉神社(駅から赤三商栄街経由で890m)。
赤川の地名は、かつてあった「赤川寺(せきせんじ)」から付いた。

大阪市 赤川 日吉神社
日吉神社拝殿左奥の祠。手前は役小角(えんのおづぬ。役行者)由来の「行者堂」。奥は「白い石神」。

大阪市 赤川 日吉神社
黒い石神。

大阪市 城北公園通駅
赤川3交差点と赤三商栄街。この交差点に市電の赤川町三丁目電停があったので、市電由来の商店街名と思われる。

大阪市 城北公園通駅
おみやげ。城北公園通沿いにある松福堂正一さんの和菓子。
お店の場所は上の赤川3交差点から東へ190m、道路南側。

---

大阪市 JR野江駅
JR野江駅。淡路と同じく、見た目がJRJR野江駅。
城北公園通と同じく、駅前広場は無く、高架下の隙間に前輪ロック式駐輪場がある。高架の東側の写真だが、西側にも出られる。JR駅からの視界に限れば商店は少ないが、かろうじて「駅前の喫茶店」が写真右にある。

各駅に前輪ロック式駐輪場を備えたが、足りるだろうか?

大阪市 野江 水神社
野江の水神社。駅北側の2車線路を西へ、JR野江駅から310mの所にある。谷町線野江内代からはすぐ。

大阪市 野江 水神社
鳥居右手、野江水流地蔵尊の説明板。
野江に限らず、大阪平野の低地一帯は洪水にまつわる「忘れてはならない話」が随所に見られる。

大阪市 野江 水神社
拝殿左奥の境内社「野江稲荷大明神」と、日露戦勝記念碑。祠の上は桜の枝。

ここの境内、やたらと人が通る。なぜかと思い確かめてみると、野江内代駅へのショートカットだった。

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南吹田駅、JR淡路駅周辺

  • 2019.03.16 Saturday
  • 01:23
3月16日、夜が空けると開業するおおさか東線(以降、東線)の新駅。
位置図ラフ
南吹田駅 JR淡路駅 地図

新大阪駅からJR淡路駅にかけては、北へ大きく迂回する。両駅間は道路(歌島豊里線)に沿うと約1.92kmで、鉄道の営業キロは3.3km。東淀川駅の脇を通るが、ホームは無い。

阪急淡路とJR淡路の間を普通の速度で歩いてみると、改札対改札(JR側は開通してないので予測)で3分20秒だった。東線は日中15分間隔で両駅間の所要は6分だが、新大阪経由で淡路へ行きたい人は、御堂筋線・阪急の南方経由より楽な可能性もある。

高槻からだと、JR阪急両駅使える人なら、素直に阪急かと思う。

---

以下は3月10日(日)、開業1週間前の、駅周辺の画像。(せっかく開業前に歩いたので…)

南吹田駅。JR京都線と、元々の城東貨物線に挟まれた地域で、駅勢圏が狭過ぎるのではと思ったが…

吹田市 南吹田駅
駅前からJR京都線をくぐる道路が、鉄道と同時に開通するので、西側にも楽に行けそう。
こちらはアンダーパスの西側。
西側には吹田市水道部(駅から430m)があり、北へ少し離れたところに吹田警察署(740m)がある。

吹田市 南吹田駅
南吹田駅 開業イベントのお知らせ

吹田市 南吹田駅
アンダーパスの東側(駅側)。左に90度向くと、駅がある。

吹田市 南吹田駅
新しいアンダーパスの南400mの所にある、元々あるアンダーパス。
歩道と車道が完全分離していて、こちらは歩道。170cmの私が歩くと、屈まないと頭をこする。

吹田市 南吹田駅
南吹田駅。駅前広場のあるこちら側(北)にしか出られない。
駅舎右(西)側の高架下に、前輪ロック式の駐輪場が出来る。

吹田市 南吹田駅
南吹田駅周辺は基本的に工場街で、お店がなかなか無い(と、先週のおとな旅あるき旅で三田村邦彦も言っていた)。
吹田警察署の少し北にあるこの和洋菓子屋さんが南吹田駅から890m、阪急の吹田駅から700mのところにある。
(看板にあるのは旧店名で、現在は店名が変わっている)

大阪市 JR淡路駅
JR淡路駅。「JR」を正式に冠するので、見た目がJRJR淡路駅になってしまう。
特に東線はこの手の駅名が多すぎてくどいなあと思うけど、「離れているのに同じ駅名」よりは2ミリくらいましなのかなと、諦め気味の寸評をしてしまう。

大阪市 JR淡路駅
西側に駅前広場があるが、小さい。この反対側(東)にも出られる。両側に前輪ロック式駐輪場が出来る。
画面奥を阪急が横切っているが、阪急側は立体化工事続行中なので、淡路駅周辺はこの先も変化する。

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大阪都構想反対=条件付き賛成

  • 2019.03.14 Thursday
  • 23:15
大阪市解体(大阪都構想)が、再度話題になりかけている。

…のだが、私が言いたい事を言う前に、二階さんとか、枝野さんとか、志位さんとか、セメン党のセメントイ亭清美師匠とかが、大阪市長・府知事入れ替え選挙の批判を声高にしてしまった。政局の話はせずに政策の話をしたいのに、逆神四天王にいきなり登場されると、しゃべる気が失せる…!

なので私の立ち位置は「条件付き賛成」として、逆神から逃げる所存である。
「反対ありき」には反対する。ただし、今まで分析してきて、こうすべきと思った事を引き続き言うのは変わらない。

前回は嘘も言ってたからね。
「地下鉄を民営化して、私鉄と乗り入れしよう!!」とかね。してません。
そういう所に正直ムカついたのもあったから。今回そんな話はもうみんな記憶の彼方になっている。

---

【直近で勘違いし易い2点】
・大阪市民が住民投票で大阪市解体を選んだ時点では、大阪「都」という名称にはなりません。
・橋下さんの沖縄本問題は別の話なので、分けて下さい。私は我那覇さんを応援します。

---

あと高槻市民だから(衆院に落選して浪人中の所、府議会へ立候補のお呼びがかかった松浪
)健太用に敢えて記して置くけど、都構想に乗りたいなら、いい加減真逆の「道州制」の呪縛から逃れた方がいい。元産経記者の癖に…田北さんにぶん殴ってもらおうか。笑

言いたい事も言えず苦悩が続くのかなと思ったけど、青山(繁晴)さんが虎ノ門ニュースで、「僕が立候補したとして、立憲民主(=セメン党)や共産党が乗ってくる訳がないじゃないですか!」と一笑していたのを見て、ちょっと楽になった。

梅、砂利道@京都御苑

  • 2019.02.28 Thursday
  • 23:58
2月24日の京都御苑

京都御苑
白梅、紅梅

京都御苑
枝垂桜の桜抜き

京都御苑
砂利道

2月6日の読売新聞オンラインで、二条城の砂利道を「訪日外国人客から」歩きにくいとの声が上がったため舗装する、という記事が出て、同12日に二条城の事務所が、舗装の計画があるのは事実だが「そうした事情は無い」と否定した、という事があった。

砂利が敷かれたのが明治維新後なので、砂利である事に歴史があるかと言われれば微妙だが、神社参道のように捉えるかどうかという所だと思う。個人的には目立たなければ多少の舗装は構わないと考える。

しかし「訪日外国人客に言われたから」みたいな理由は気持ち悪い。当然ながら訪日外国人客が気持ち悪いのではなく、二言目に訪日外国人客と言わなければ気が済まないように見える日本人が気持ち悪いのである。


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高槻戎神社

  • 2019.01.11 Friday
  • 00:45
今年は本戎の夜。
高槻市 高槻戎神社

左が高槻戎神社、右奥が野見神社。鳥居から行列が溢れる程度の賑わいを見て、なぜか顔がほころぶ平成最後のえべっさん。
去年

年末の阿久刀神社

  • 2018.12.31 Monday
  • 12:48
高槻市 阿久刀神社
30日の阿久刀神社。
年末は和菓子屋・長岡京都久詩の本店に土産を買いに行き、その近所のここに詣る事が多い。

高槻市 阿久刀神社

高槻市 阿久刀神社
昔は梅と思っていたが、幹や花の付き方から、桜だった。

高槻市 阿久刀神社
根元に水仙。

高槻市 阿久刀神社
近所の桜の老木の近くに、新しく造られた芥川の飛び石。

ずっと書きかけだった天満の旧地名の記事は、Google地図だけ年内になんとかまとめた。

阪神パーク遺跡から岡太神社

  • 2018.12.28 Friday
  • 21:12
前回の続き

西宮市 初代阪神パーク
浜甲子園地区にある鳴尾浜公園(隣接する運動公園は「浜甲子園運動公園」。鳴尾浜地区に鳴尾浜臨海公園があるので、今となっては名称がややこしい)の中を通り、浜辺へ出る。災害の余波か、フェンスが壊れたままになっている。

昭和55年(1980年)前後、親戚に連れられて、公園内にあった「厚生年金プール」に来た事がある。その時プールから見えた海の色は灰色で、本当に汚かった。今は綺麗になった。

西宮市 初代阪神パーク
干潮時に遺跡が現れる。ここに戦前は初代阪神パーク、戦中は海軍の鳴尾飛行場があった。干潮時刻に来るつもりが、1時間遅れてしまった。沖の人工島との間で、ヨットの帆が揺れている。

公園横の甲子園浜自然環境センター内に、初代阪神パークの展示がある。

西宮市 初代阪神パーク
防波堤の外で朽ちる鳴尾飛行場の護岸。防波堤上の標高は海抜4.6mで、それよりかなり低い。

西宮市
甲子園筋を上がり、甲子園九番町交差点。近年増えた津波避難標識。「ここの海抜は0.6m。津波到達まで112分あるので鳴尾御影線まで1.5km、45分歩いて下さい」となっているが、そこまで歩いても海抜3m前後。その辺りは周辺宅地より甲子園筋が50cm前後高い(西宮市地理情報システムを参考)。

真ん中の地図には無いが、最下行に津波避難ビルの名前(ルゼフィール南甲子園、アメニティコート甲子園I)がある。QRコードもあるが、地図にマークだけでも記してくれた方がなお有難い。

西宮市
甲子園球場の裏にある甲子園素盞嗚神社(こうしえん すさのお-)。既に来年の干支が掲げられてある。
初詣の幟に隠れてしまっているが、絵馬の下に岡田彰布 謹書の「野球塚」がある。

西宮市
京都の六孫王神社に続いて、ここにも狛犬の足下に子犬がいた。私が気付いてないだけで、結構いるのかもしれない。

西宮市
神社前を西に進むと、新甲子園商店街。巨大カツ丼で知られる某店などの著名店が散見されるが、この昭和臭のする光景はいつまで続くだろうか。

ここの南北の道は海辺から仁川まで西宮市街を縦断しており「中津浜線」と名付けられている。この通りの南端にあった旧地名が由来。大雑把に言えば、南甲子園が中津、浜甲子園が中津浜。旧・枝川と、甲子園裏のテニス場前の筋を流れていた支流の申川に挟まれた中州だった。

西宮市
甲子園駅前。プランタン改めダイエー改めイオン改めコロワ甲子園(2018.4.26開業)。イオンも食料品部門のみ残っている。

西宮市
コロワ甲子園になる前の姿(2017.6.3)。イオン甲子園店は2016.3.10改称、2017.10.1閉店。

時間が無いので甲子園駅から2駅分端折って、
(この間の鳴尾八幡神社は鳴尾駅の記事を参照)

西宮市 岡太神社
小松の岡太神社(おかた-)。鳥居手前は狛猪(静止像/ししぞう)。「高潮や洪水等の災害を未然に静止(防止)して五穀豊穣をもたらす猪(静止)打神事」(=現地説明板)の伝承に基づく。三角州内にあり、かつて水害の多かった当地らしい伝承。口元がちゃんと阿吽になっている。拝殿前は狛犬。拝殿は震災後の再興で、鉄筋。左奥に、伝承に関連する摂社・恵美須社が鎮座。

西宮市 岡太神社
石標と、左奥から白山宮、伝 小松内府 平重盛卿供養塔、地主宮。

西宮市 岡太神社
12月24日だと言うのに、紅葉がまだ散ってなかった。



【この項終わり】


洲先から浜甲子園

  • 2018.12.26 Wednesday
  • 07:56
西宮市
阪神武庫川線 洲先駅。西宮市内にありながらホーム1つだけの素朴な駅。右は武庫川堤防道路。

西宮市
東鳴尾皇太神社(ひがしなるお こうたい-)。旧地名は三軒屋。小さな社。石段が4段と5段に分かれているのが妙に気になる。

西宮市
上田の天照皇太神宮(あまてらす こうたい-)(=現地石柱の表記。兵庫県神社庁サイトの表記は「皇大神宮社」)。上田公園の一角にあり、鳥居も公園に面している。

西宮市
上田公園。このキャラ、何だっけ…

西宮市
鳴尾新川。丸々とした鯉が泳いでいた。

西宮市
鳴尾川。川と言うが事実上入り江で、左奥のどん詰まりで終わり。写真右寄りに鳴尾新川の水門が見える。

西宮市
海まで歩けるかと思ったが、残念ながら工事中。

西宮市
現在の枝川。ららぽーと甲子園の東西棟の間付近から地表流が始まる川だが、元々の枝川筋は現在の甲子園筋そのもの。甲子園筋の旧・枝川は大正12年(1923年)に廃川となったが、現・枝川が地形図上に登場するのは戦後の事。
現・枝川は、地図上からは、鳴尾八幡神社付近を通り途中東に折れて鳴尾川に注いでいた水路を、大阪湾に直接流れ込むように付け替えて出来た川に見える。

ここに川筋が無かった戦前には競馬場、戦中には軍の鳴尾飛行場があった。戦後は浜甲団地が開発されたが、左のフェンスで分かる通り、更に再開発中の土地である。

西宮市
上の枝川の写真のすぐ下流は暗渠で、その上に親水公園が作られているが、水は流れていないし橋も渡れない。

ここに限らず、水を流さない親水公園が多過ぎると思うので、今から作ろうと考えている自治体があれば、正直やめた方がいい。



続く


吹田から豊中岡町(5)

  • 2018.12.12 Wednesday
  • 00:45
前回の補足(後日撮り)

前回補えなかった場所を、日が暮れてしまったにも関わらず歩いてきた。
暗いと言っても17〜18時台である。まあ、検索して探せる写真と一味違うという事で…。

豊中市 長興寺住吉神社

豊中市 長興寺住吉神社
長興寺住吉神社(ちょうこうじ-)。服部緑地と阪急宝塚線の間の、南北に伸びる丘陵の東端にある。12月11日、つまり今朝が例大祭だった(撮影は9日)。

鍋いただきの神事「長興寺の鍋被り」
「旱天の祈雨祭には その年この村の中に嫁いだ女の役として鍋を頭にいただき 住吉の神に祈る旧例がありましたが かたちの見にくさを嫌って中止されました。また一説には村の年長者が斎戒沐浴(さいかいもくよく。飲食や行動を慎み、水を浴びて心身を浄める)して箕笠をかぶり深夜神燈を滅して神殿に進み 鍋をかぶり夜通し交替で祈請すると霊験があったと伝えられています」(斎戒沐浴の括弧書きを除き、拝殿左側にある現地説明板より)

ちなみに、すぐ北東に夕日丘という地名があるが、丘ではなく天竺川の谷にあたる。

豊中市 南天平塚古墳
この経路で神社を繋いできたが、古墳も繋ぐ事が出来る。
南天平塚古墳(みなみてんびんづか-)。

豊中市 御獅子塚古墳
御獅子塚古墳(おししづか-)。前方後円墳。右に見えるのは南桜塚小学校の体育館。石碑が赤く見えるのは信号の光のせい。南に回ると埴輪が復元されていて、墳丘の形が分かり易い。

豊中市 大塚古墳
大塚古墳。先に来ている為、この画像だけ夕暮れ一歩手前。

豊中市 大塚古墳
大塚古墳は登れる。古墳上から南方向の夜景。ここまでは岡町駅より東、長興寺住吉神社と同じ台地上にある。

豊中市 小石塚古墳
岡町駅の西に回って、市立伝統芸能館の奥(西)にある、大石塚・小石塚古墳。共に前方後円墳。写真は北側の小石塚古墳を望んでいる。
この残存5基を総称して「桜塚古墳群」と言う。

最後に、前回素通りしていて、後で気付いてどうしても確かめたくなった1箇所。吹田市の豊津駅西側。

吹田市 上の川水路跡
正面建物の下層に見える「四角」が記念碑とは…。

吹田市 上の川水路跡
天上川であった旧・上の川の水路跡の位置を再現していた。これを意識せずに気付く事が出来れば凄い。

【この項終わり】



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天満の旧地名探し(5)南北の町筋c

  • 2018.12.05 Wednesday
  • 00:35
前回の続き

旧・天満四丁目と、五丁目の東筋。区画整理で消えた筋編。
道が無いので、難易度が高い。

大阪市 天満 地図

「元祖四丁目グループ」は2筋。
明治改正前は「二丁目と今井町」の関係に似ていて、両筋の南側が「四丁目」、北側が「金屋町」だった。さらに北へ、典薬町、板橋町と続いた。
明治改正で東筋が「金屋町」、西筋は「朝日町」となったが、朝日町の筋は鳥居筋までで、鳥居筋から霊符筋までは道路東側が「金屋町」で西側が「朝日町」、裏門筋から溝之側までは道路東側が「金屋町」で西側が「信保町」と、変則的だった。

「元祖五丁目グループ」も2筋だが、今回は、明治改正後の「信保町」のみを取り上げる。

大阪市 天満

道路向こうの歩道に旧町名継承碑があるが、ここは1筋の道路に対して、両端寄りに2つある。
左(東)が金屋町、右(西)が朝日町のもの。

市之側から鳥居筋までは、区画整理で2筋が1筋にまとめられ、一部の道が消え(上の地図の破線部)、溝之側まで直線の筋になった。
写真の道路はどちらかと言えば朝日町寄りなので、上の地図は朝日町を実線にしている。

(四丁目+金屋町+典薬町の東筋+板橋町=)金屋町
(四丁目+金屋町=)朝日町。朝日町は明治改正後の新町名。由来は継承碑によると「佳名による命名」で、いわゆる瑞祥地名。

大阪市 天満

(信保町+典薬町の中筋+岩井町+板橋町=)信保町(しんぽ-)

大川沿いの南天満公園側から町を見ると、旧町名継承碑の背が見える。この先に信保町の筋があったのだが、市之側から鳥居筋までは区画整理で消えた(上の地図の破線部)。
「しんぽ」は継承碑によると、薬の名前とされている。明治5年の時点で消滅した「典薬町」と合わせて興味深い名前。



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