芥川の辺で一人。弐

只今、古めの画像が表示できておりません。
 
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降水予報・近畿
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    2018.04.14の街ぶら 簡易版
    高槻 今城塚古墳

    八重桜@今城塚古墳(高槻市)

    大阪 造幣局 桜

    八重桜@大阪造幣局 桜の通り抜け(大阪市)

    他の観光客も口にしていたが、確かに今年はあまり綺麗に見えなかった。
    曇天もあるし、散りかけの花もある。勿論、観光客そのものが多過ぎて、花見どころではないのもある。

    大阪 福島区 藤

    藤@下福島公園(大阪市)
    | 大阪市 | 23:02 | comments(0) | - | - |
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      野里の渡し
      大阪 野里住吉神社
      野里住吉神社の正面鳥居脇に、野里の渡し碑と説明板がある。大坂と尼崎を結ぶ街道筋にあった中津川の渡し。
      碑はここにあるのだが、正確な場所はこちらではなく、北北東へ約280m進んだ所。

      大阪 槲の橋
      そちらにあるのが「槲の橋」碑。(西淀川区野里1-20-4前)明治18年の地形図の右岸西詰と一致する。
      明治9年(1876年)に橋が架かるも、中津川の埋立で不要になった。

      槲はカシワと読み、本来のカシワの字義どおりの漢字であるが、日本では「柏」の漢字が広く使われるようになっている。槲と柏は旧字新字の関係では無く、別字。

      大阪 柏里
      そのカシワから採った地名が柏里。この一帯は海抜ゼロメートル地帯。この商店街を抜けるとJR塚本駅に着く。

      ところで、野里の渡し説明板には「大阪と尼崎を結ぶ大和田街道に設けられた渡し」とあるのだが、

      ・難波橋北詰、福島、海老江から西成大橋(淀川大橋)を渡り稗島(姫島)、大和田を介し尼崎旧市街東端の辰巳橋に抜けるのが大和田街道(別名・梅田街道。明治18年の地形図には明確な道筋は無く、西成大橋開通後のものに梅田街道と書かれている)

      と捉えると、野里の渡しは大和田街道と違うのではないか。

      ・難波橋北詰、出入橋西詰、浦江から槲の橋を渡り御幣島、佃を介し辰巳橋に達する、明治18年地形図が示すところの「至大阪道」

      にあたり、大和田を通らない。

      | 大阪市 | 07:55 | comments(0) | - | - |
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        野里住吉神社 参道
        姫島駅から約490m、国道2号の野里交差点から斜めに伸びるのが野里本町商店街。
        唐突にアーケードが始まっている感じがするが、昭和50年(1975年)までは野田から上甲子園まで、最盛期はその先の東神戸(岩屋駅南西の国道2号上)まで、阪神電車の国道線(路面電車)が走っていて、ここには野里電停があった。

        大阪市 野里本町商店街
        今は路面電車の経路を阪神バスが走るが、野里を含む野田阪神前から阪神杭瀬駅北の間は1日1往復の超過疎路線、免許維持路線である。ここでも路線バスの府県境越えは厳しい。(他に大阪市バスの路線もあるが、やはり府県境を超えない)

        前回取り上げた鼻川神社は中津川左岸堤防付近にあったが、この商店街は中津川右岸堤防をなぞる道になる。
        しかし、穂積村囲堤のように道路が盛り上がっているなどの痕跡は、この道路には見当たらない。

        大阪市 野里住吉神社
        アーケードを抜けると野里住吉神社の鳥居前。
        長さは約220m、往時は電停から神社まで濡れずに行けるアーケードとして重宝されたのかも知れない。

        大阪市 野里住吉神社
        野里住吉神社拝殿。

        ここは2月20日に行われる人身御供(ひとみごくう)、つまり神への生け贄の神事である「一夜官女祭(いちやかんじょさい)」で知られ、乙女塚もあるのだが、そちらは何か圧を感じて写真を撮るのをためらった。
        右奥に見える鳥居は境内社の淀川戎神社。
        | 大阪市 | 07:33 | comments(0) | - | - |
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          西成大橋
          阪神姫島駅から東へ、道のりで北詰まで約730mの所にあるのが、淀川に架かる淀川大橋。

          大阪市 淀川大橋
          大正15年(1926年)の架橋だが、架け替えられる前には同所に「西成大橋」があった。
          西成大橋は明治41年(1908年)の架橋だから、18年の短命であった。

          大阪市 西成大橋
          その現・淀川大橋の北詰から東へ約170mの所にあるのが、鼻川神社。
          拝殿の脇に「西成大橋」の親柱が移設保存されている。

          現在、西成と言えば天王寺駅から見て南西側の小さな区だが、元来は大坂の海側一帯の郡名。
          地名の歴史を刻む貴重な親柱である。

          大阪市 鼻川神社
          淀川堤防から鼻川神社を望む。

          淀川右岸(北側)にあるこの神社は、今の淀川の中にあった。
          (新)淀川の整備による立ち退きや姫嶋神社への合祀・独立を経て、この地に再建されている。

          この場所は、昔の中津川左岸(南側)の廃川敷にあたる。
          西成大橋があった頃は、西成郡鷺洲村→町(明22-大14・1889-1925)。

          | 大阪市 | 07:33 | comments(0) | - | - |
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            阪急淡路駅(1)
            阪急淡路駅
            東口仮駅舎。

            阪急淡路駅
            駅前広場が形になりかけている。以前は、改札を出たら即商店街だった。

            阪急淡路駅
            東口北寄り、アカシヤ(スーパーマーケット)側から。右が高架駅用地。
            | 大阪市 | 00:25 | comments(0) | - | - |
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              ヨドバシ梅田のデッキ
              前回の記事 2017.03.27

              あれから3ヶ月、6月30日に南側のデッキが開通。

              大阪駅 ヨドバシ梅田 陸橋

              ルクア2階通路から。
              2階部分で接続しますが、現行で下の横断歩道を渡る人間が使う位置では無いですねえ。
              この横断歩道の代わりになるかも知れない西側デッキの完成は今年秋の予定。

              大阪駅 ヨドバシ梅田 陸橋

              左がルクア、右がヨドバシ。
              「JR大阪駅と阪急梅田駅を結ぶ、昔から人通りが多い割に敢えて不便に造られているっぽいと言われても仕方の無い、屋根の無い歩道橋」の、ちょうど屋根の無くなる部分から渡る。

              大阪駅 ヨドバシ梅田 陸橋

              1階部分をこのように、車道(バスターミナル)が突き抜けてるのがねー(ネチネチと言い続ける)
              | 大阪市 | 23:55 | comments(0) | - | - |
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                ヨドバシ梅田への嫌がらせにしか見えない
                次回の記事 2017.06.18
                ---

                JR大阪駅 中央北口
                JR大阪駅の中央北口から見るグランフロント大阪と連絡通路。
                …の右下に、1階に降りる階段がある。

                JR大阪駅 中央北口
                この階段、日付変わって今日3月27日から閉鎖され、使えなくなる。
                中央北口とヨドバシ梅田を結ぶ最短の通路である。

                もともと、この階段は無かったし、必要無かった。
                理由は、1階で横断歩道を介して平面移動できたからだ。

                JR大阪駅 中央北口
                だいたい、この写真に見えるバス専用路のせいである。
                (見えている建物が大阪駅北口のビル、写真の背後がヨドバシ梅田)

                JR大阪駅本体は、
                ・1階が元々あるコンコース
                ・2階がホーム
                ・3階が平成23年(2011年)4月11日に使用開始された連絡橋口のコンコース
                で構成されている。

                なのにグランフロント方面への連絡通路は2階にある。
                ・3階のコンコースからは1階降りる
                ・1階のコンコースからは1階上がる
                ・1階から北側への平面移動は…バス専用路とバスターミナルがつっかえ棒になって、出来ない!

                こうやって梅田迷子街は、従来言われていた地下街のみならず地上も巻き込む事になって、今に至る。
                この度この階段が閉鎖される事で、この信号がこの位置にあるのも意味がほぼ無くなる。
                将来的には、グランフロントの連絡通路レベルでヨドバシ梅田への連絡通路も出来る予定ではあるが、タイムラグが出来るのも事実。

                私は出来た当初から愚痴っているが、JR大阪駅北口、つまりノースゲートビルディングは、余程の馬鹿が設計した、最低の建築物である。
                もともと無かった段差を段差だらけにして、エスカレーターやエレベーターでごまかして、何がバリアフリーだ!
                | 大阪市 | 00:38 | comments(0) | - | - |