近鉄奈良駅には「柳生街道」の大きいポスターが貼ってあったのだが、
元々は「滝坂の道」で推していたようで、

奈良市 柳生の道

破石町(わりいしちょう)バス停南の柳生街道口(高畑の社家町口)の道標も「至 滝坂の道」とある。

奈良市 柳生の道

新薬師寺分岐の道標は「滝坂の道 旧柳生街道」を併記。

何気に、石上神宮(天理市)から大神神社(桜井市)の先あたりが著名な「山の辺の道」が、奈良市のここまで食い込んできている。

確かに、「歩くなら」と言うサイトで、高畑破石町から石上神宮までの推奨コースが示されている。
http://www3.pref.nara.jp/miryoku/aruku/dd.aspx?menuid=1159

しばらくすると、山に突き当たり、そこからが柳生街道=滝坂の道=東海自然歩道のメインデッシュとなる。

奈良市 柳生の道

こんな感じの石畳道を能登川沿いに進む。

奈良市 高畑
赤穂神社(本社・南都鏡神社のウェブサイトでは、読みを「あかぼ」としている)
小さなお社だが、現地の由来説明板によると「春日社神官邸町の西端の地に鎮座」する「延喜式所載の古社」。
高畑は、春日大社の社家町として知られる町で、春日大社境内の南に接する。柳生街道口でもある。

奈良市 高畑
拝殿内に大正15年の「春日神官住居大略地圖」が掲げられている。
わざと小さい画像を貼るが、中心の東西通りに東から「隔夜寺町、◎丹坂町、◎福井町、◎上高畑町、◎高畑町、神戸穂町、◎破石町、◎下高畑町」北側の東西通りに「◎新開町、旧名 宮ノ前町、北大道町(◎北之大道町)、◎丸山町」南側の東西通りに「鳴かず川、明井町(◎閼伽井町)」新薬師寺前の南北通りに「◎高井町」などの町名が見える。
(◎印は享保3年「奈良町役名付帳」にある奈良町205町)

いわゆる奈良町中心部は町名が細かいのに、なぜ高畑町などの周辺町はクソでかいのかという疑問のヒントが、ここに隠されている。結構調べたらキリが無くなり、以下の長文となる。

「角川日本地名大辞典」を漁ってみると、江戸前期、おおよそ寛永年間までに周辺村に町場が発生し、村から町が分離して、奈良町各町が増えていったのだが、明治17年から明治21年、すなわち「市制・町村制」の直前に、その増加した奈良町各町が一旦周辺村に編入されてしまったのである。高畑で言えば、明治17年に上記の丹坂町に始まる30町4字が高畑村に「戻った」。
(過去には高畑は「高畠」の表記が多いが、この文章内では高畑に統一)

町の村への編入はこの他、奈良阪、般若寺、芝辻、油阪、三条、杉ヶ町(するが-)、木辻、肘塚(かいのつか)、紀寺あたりで行われた。但し、京終町(現・北京終町)など、戻されなかった町も一部ある。

一旦村に戻った直後の明治22年4月1日、これらの村は全て奈良町、明治31年以降の奈良市に合併された。
この時点で旧村は「大字○○」となる為、もと奈良町の扱いを受けた周辺各町も「小字」格、今「通称地名」と言われる町名になった。たった5年弱が明暗を分けた。
ちなみに、今の大森町は明治37年に城戸町(じょうど-)から変更された。それと、通称地名は昭和初期にも「三条川崎町」などが増えている。

昭和56年発行の昭文社都市地図「奈良市」が手元にあるが、通称地名は元からの奈良町町名と同格の書体で書かれている。高畑の破石町、紀寺の幸町と田中町、木辻の綿町と八軒町と瓦町、三条川崎町もある。いずれも、現在も循環バスのバス停名として生きている町名だ。

郵便番号7桁化の影響もあるのか、小字格の地名は地図から省かれやすい現在(但し例外有り。一つ取り上げると、御所市の「国鉄御所駅前通り」)、奈良町の一部として発展してきた筈のこれらの地名は今後どう生き残っていくのだろう。

個人的には、興福寺僧侶居留地として発展していた高畑の菩提町(猿沢池東側)、御所馬場町(不審ヶ辻子町と鵲町の間)あたりは、特に高畑色が薄く感じる。

(2017.8.27現在の内容)
近鉄ウェブサイトに近鉄奈良駅の構内図があるのですが、出口番号が書いてないんですよね。

近鉄奈良駅

実際は、出口番号はあります。

近鉄奈良駅

東改札(主要改札)→
出口1【大宮通北】東向北通
出口2【大宮通南】噴水広場 東向通〜餅飯殿通
出口3【大宮通南】【ESC ELV】奈良近鉄ビル 観光案内所
出口4【大宮通南】小西さくら通

東改札と西改札は改札外通路で繋がっています。
土産物店街や有人切符売り場は東改札側です。

近鉄奈良駅

西改札→
出口5【大宮通北】東行きバス乗り場
出口6(北側)【大宮通南】西行きバス乗り場、タクシー乗り場
※出口6(南側)は北川ビル前
出口7N【大宮通北】やすらぎの道北 北行きバス乗り場
出口7S【大宮通南】やすらぎの道南 西行き(14番乗り場のみ)バス乗り場

ここに書いてないバス乗り場があって、ぐるっとバス(土日祝運行の100円バス)東行き乗り場は出口1階段の横、この図で言えば20・21番乗り場より右(東)にあります。

1日乗車券他を買える奈良交通のバス案内所は出口5を出て道を挟んだ右(東)側です。

奈良 おみやげ

パン
シャトードール(小西さくら通)。マドレーヌはおまけで頂いた

奈良 おみやげ

大仏プリン(近鉄奈良駅構内改札外)
JR奈良(構内改札外2F)、餅飯殿(絵図屋)、国立博物館向かい(夢風ひろば)などにも店舗がある

8月17日に奈良県が、奈良市東部の東里地区で1頭を初捕獲したという報道がありました。

東里地区は若草山の裏(東側)の山村なので、奈良の鹿を捕獲したという報道に「奈良公園の鹿の映像・画像」を使用するのはどうも解せません。捕獲の賛否の前に、フェアじゃない。

そんな思いも抱きながら、先日、奈良公園・春日大社南側の高畑(たかばたけ)から東の春日山原始林を登り、石切峠の少し先まで、直線で4.5kmの往復を歩いてきました。柳生街道・滝坂の道です。鹿の保護地域内です。

奈良 柳生街道

街道散策で見た鹿はこの一頭のみでした。高畑の新道(杉ヶ町高畑線)の、上の禰宜道口です。右が春日大社境内です。滝坂の道では見かけませんでした。

街道沿いから離れて奈良公園脇を通ると、見える範囲だけで鷺池北側の浅茅ヶ原(あさじがはら)に約20頭、国立博物館前に約30頭、観光客と共にいました。上の禰宜道口から浅芽ヶ原は直線で1km弱ですが、随分違います。

春日山原始林も食害にあっているようなので山に全くいない事はないのでしょうが…。

奈良1
唐招提寺境内の北東端、鑑真和上御廟へ伸びる道と門。
このお寺は、開放的な薬師寺とは対照的に、緑深い。
花の寺としては、瓊花(けいか)の咲く鯉幟の季節が良い。

奈良2
新宝蔵前での1枚

奈良
唐招提寺の案内図。左には、今の御時世ならではの注意書き

ま、無断で飛ばすのは宜しくない。
その一方でマスコミが自慢げに飛ばして映像化しているのも、どこか滑稽だなあと感じます


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