一定期間更新がないため広告を表示しています

  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

大阪市 森ノ宮 鵲森宮
森ノ宮駅から玉造筋を望むと、ビルの谷間に、地名・駅名の由来である鵲森宮(かささぎもりのみや)が見える(過去には森町、森村とも)。

大阪市 森ノ宮 鵲森宮
鳥居前の碑には「舊名 鵲杜(←小/きゅうめい かささぎのもり。舊=旧)森之宮(←大)」とある。

大阪市 森ノ宮 鵲森宮
立派な手水舎と拝殿。
拝殿の右奥が社務所で、左側に大伴家持歌碑がある。歌碑の右に、

大阪市 森ノ宮 鵲森宮
古い写真が掲げられている。
境内前の天野川に鵲橋が架かっていた。当たり前だが、明治期のこの辺りに高層建築物無し。
天野川に鵲橋(かささぎ橋)と言えば枚方市を思い出すが、ここも昔はそうであった。

ここにある天野川とは、旧・猫間川のことである。今の森之宮駅前商店会の筋になる。大正13年(1924)の地図に、猫間川に架かる鵲橋がある。

なぜ天野川とあるのか。鵲森宮のサイトに「南方の標高百二十メートルほどの天野山に源を特つ川なのです」「天野川は、江戸時代に流路を変更された現在の大和川に合流する形となりました」とあり、それをヒントに探してみると、河内長野市にある標高272mの天野山付近から流れる天野川というのがあった。西除川(にしよけがわ)の源流部の別名で、大和川付け替え前は今の今川付近から平野川を経て大阪城北側に回り込んでいた。

しかし、これでは上町台地が源流だった猫間川と一致しない。
森ノ宮駅付近での旧・猫間川と平野川の間隔は約570mしか無く、当時の境内の広さや都市化していない風景を考慮すると、伝説化される過程のどこかで両川が入れ違ったのかも知れない。

玉造稲荷神社に続く

  • -
  • 10:38
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

Comment





   

PR

Calendar

S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930    
<< June 2020 >>

Link(Blog)

【50音順】
大阪を歩こう
(osakawalkerさん)
気まぐれblog
(miz0001さん)
雑多な「雑記帳」
(bubu@さん)
やま♪の徒然日記
(やま♪さん)
よろしくどうぞ
(まついよしおさん)
-----
うちへのリンクは複数コメント頂いた方なら自由です

降水予報・近畿

Archive

Recommend

Mobile

qrcode

Selected Entry

Comment

Link

Profile

Search

Other

Powered

無料ブログ作成サービス JUGEM