天満(駅南側)の旧町名散策

  • 2018.10.12 Friday
  • 07:53
大阪市 天満 堀川
地図の(A)を記述。

大阪市 天満 堀川
JR大阪環状線の天満駅。
江戸期の大坂三郷「天満組」の北端にあった天神橋筋商店街の旧・池田町(いけだまち。天満市場がある現・池田町とは別)に、駅の西端がギリギリ掛かっている。周囲は川崎村だった。

大阪市 天満 堀川
商店街を南へ進むと、阪神高速の高架下に橋を模した建造物がある。川は無い。

大阪市 天満 堀川
夫婦橋碑。
夫婦池(めおといけ)という双子の池があったが、天保9年(1838年)に天満堀川がこの池を横切るように延長開削された。昭和43年(1968年)に埋め立て、頭上は阪神高速に。

橋の北側は、明治5年以前は夫婦町(めおとまち。女夫町、みょうとまち とも)。

大阪市 天満 堀川
商店街を離れて150mほど東、扇町通の高架下にある扇町バス停。
その傍に、綿屋町(わたやまち)の旧町名由来案内板がある。「旧町名継承碑」ではなく、板。

大阪市 天満 堀川
この赤斜線枠は、明治5-昭和53年の綿屋町。大阪市の継承碑類は、明治-昭和期の町名を記すのを基本としている。
明治5年以前は、商店街筋の夫婦橋以南も綿屋町だった。

大阪市 天満 堀川
天満堀川は、慶長3年(1598年)に開かれた当時はこの辺りが北端の行き止まりで、入堀状の運河だった。
240年後に先述の夫婦池付近を含めた部分が延長。綿屋橋は延長時に開通。

扇町バイパスが掘割状のため、橋は形を変えて現存している。フェンス越しの、赤枠が見える建物は関西テレビ(キッズプラザ)。

元祖天神橋筋(今の商店街)の江戸期の町名である摂津国町(つのくにまち)・綿屋町は、明治5年(1872年)に天神橋筋3丁目に変更。さらに昭和53年(1978年)には境界変更の上「筋」が取れて、天神橋3丁目に変更。
夫婦町・池田町は同4丁目。

補足へ続く

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