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前回の続き

応神天皇陵の南、後円部側には、誉田八幡宮(こんだ-)が鎮座する。
八幡神=15代応神天皇が祀られている。

羽曳野市 誉田八幡宮
南大門から入る。この門は同じ地にあった長野山護国寺の名残り。
お寺は明治に入って廃仏毀釈され、廃寺となった。

羽曳野市 誉田八幡宮

羽曳野市 誉田八幡宮
広い境内と拝殿。右奥をよく見ると、

羽曳野市 誉田八幡宮
応神天皇陵のそばまで行ける参道が伸びる。

羽曳野市 誉田八幡宮
放生橋。この先は入れない。
ストビュー(2017年4月撮影とある)と比較すると、説明板が更新されている。

羽曳野市 誉田八幡宮
反り具合の分かる角度

正面鳥居側から出て、東高野街道を南へ進む。
東高野街道と国道170号旧道(外環じゃないほう)の交差点の北東側に、いい感じの木造常夜燈があったのだが、運悪くその下に土嚢が積まれており、写真はボツにして、更に南下する。白鳥神社鳥居を横目に100mほど進むと、

羽曳野市 竹内街道道標
「最古の国道」と言われる「竹内街道(たけのうち-)」と交差する。
交差点の南東側に、新旧の道標が並んで立っていた。

この付近の竹内街道は国道166号として現役であり、良く言えばかつての面影を残す道幅だが、今の物差しに当てはめると「酷道」とも言える。

羽曳野市 安閑天皇陵
27代「安閑天皇陵」。世界遺産候補「じゃないほう」。
天皇陵のみで見ると、14・15・16・17・18・19代の天皇陵が世界遺産候補になっているが、安閑天皇陵に至っては、緩衝地帯にすら入っていない。

正面の説明板が安閑天皇陵のもので、右は「高屋城の不動坂」の説明板。
「戦国時代には丘の一帯に高屋城が築かれ、この古墳も城の縄張りの一部に利用されたため、墳丘や濠の形が変えられています」(安閑天皇陵の説明板より)

羽曳野市 安閑天皇陵
とは言え、見た目で形を捉え易い御陵だと思う。

羽曳野市 安閑天皇陵
歩道の無い国道170号旧道に面しているのが難点か。

世界遺産は地域にとっていいきっかけ作りにはなると思うが、むしろ世界遺産以外に目が向いてしまう古市古墳群周辺であった。

続く(古墳は終わり)

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