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大阪市→特別区移行後の予想
・予想が難しい地域。区名は区域の南西部にあった旧・生野村から採られていて、「生野東」「生野西」両町も現存するが、元々あった小地名ではなく、舎利寺にある舎利尊勝寺に残る「生野長者」の言い伝えが由来。住所変更で生野村の範囲は曖昧になってしまっている上、現在進行形で小中学校区の整理中で、それも巽地区以外は旧村の範囲と異なる。
・北西部は旧・鶴橋町、北東部は旧・小路村。
・南東部は旧河内国の渋川郡、のち中河内郡の旧・巽町で、区設立後の昭和30年(1955年)に編入。

・これらを加味して、下記「予想地名」には一律「生野」を冠したが、念のため確率に差を付けた。(住所変更のため、現在の町名と昔の町名・大字名の範囲は異なる)
・大部分が旧・生野村域にあたる町のうち「田島」は昭和48年(1973年)まで生野を冠していたため80%、「舎利寺」は区名の由来を含むため75%、「林寺」は70%。旧・生野村域と旧・鶴橋町域が混在し、現在区役所がある「勝山南・北」は60%。その他生野区設立以来の地域は55%。後年編入の旧・巽町域は51%。

・「天王寺区」が実現すれば、現・桃谷1丁目や勝山北1丁目の大部分は、昭和4年(1929年)以来1世紀弱ぶりに住所の中に「天王寺」が入る事になる。

●生野区
・昭和18年(1943年)東成区から分離、新設。


現行地名特別区化後の予想地名確率(%)(現)読み方
生野区 巽南天王寺区 生野巽南51たつみみなみ
生野区 巽西天王寺区 生野巽西51たつみにし
生野区 巽中天王寺区 生野巽中51たつみなか
生野区 巽東天王寺区 生野巽東51たつみひがし
生野区 巽北天王寺区 生野巽北51たつみきた
生野区 田島天王寺区 生野田島80たじま(注1)
生野区 林寺天王寺区 生野林寺70はやしじ(注2)
生野区 舎利寺天王寺区 生野舎利寺75しゃりじ
生野区 生野東天王寺区 生野東いくのひがし
生野区 生野西天王寺区 生野西いくのにし
生野区 勝山南天王寺区 生野勝山南60かつやまみなみ
生野区 勝山北天王寺区 生野勝山北60かつやまきた
生野区 桃谷天王寺区 生野桃谷55ももだに
生野区 鶴橋天王寺区 生野鶴橋55つるはし
生野区 中川西天王寺区 生野中川西55なかがわにし
生野区 中川天王寺区 生野中川55なかがわ
生野区 中川東天王寺区 生野中川東55なかがわひがし
生野区 新今里(注3)天王寺区 生野新今里55しんいまざと
生野区 小路天王寺区 生野小路55しょうじ
生野区 小路東天王寺区 生野小路東55しょうじひがし


(注1)小・中学校と神社は「たしま」。生野区公式サイトによると東成郡誌には「タシマ」とある。英字表記に差異が出る部分なので、将来的には「たしま」に統一しておいた方が吉。
(注2)小学校は「はやしでら」。生野区公式サイトによると東成郡誌には林寺が「ハヤシデラ」、林寺新家が「ハヤシジ」とある。
(注3)現在は近鉄今里駅南側が「新今里」、北側が東成区「大今里南」だが、元々はどちらも小路村の「片江」だった。今里駅は開業時の名称は片江駅で、今里片江駅を経て昭和4年(1929年)現駅名となる。住所変更の結果、片江の集落は生野区小路1丁目となり、片江小学校所在地は東成区大今里南2丁目となった。

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