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(1)からの続き。

奈良10奈良11
階段を下りると水谷茶屋。絵になるお店でした。
新しめの道標が立っていて、「水谷道(みずやみち)」とありました。脇には水谷神社もあります。谷と書いてヤと読むのは、関西では珍しい気がする。

奈良12春日大社の縁を通り、その先へ。この辺り、とにかく石灯籠が多いです。


奈良13奈良14
ちょっとこっ恥ずかしくなるような「ピンクにハート」の絵馬が並ぶのは、若宮隣りの夫婦大国社。そしてここの石段下から、南の柳生街道へ抜ける道は「上の禰宜道(かみのねぎみち)」。
この他、新薬師寺へ通じる「中の禰宜道」、志賀直哉旧居に通じる「下の禰宜道(別名=ささやきの小径)」が平行してあります。

奈良15奈良16
まだ奥へと参道は続きます。その名も「奥の院道(おくのいんみち)」。

奈良17最奥部にあるのが、奥の院こと「紀伊神社」。若宮からここまでは全て春日大社の摂末社で、「福の神十二社巡り」が設定されていました。


奈良18あとは表参道を三条通へ進むのみです。
二の鳥居。


奈良20奈良21
鹿苑手前から浮見堂のある鷺池を繋ぐ「鷺原道(さぎはらみち)」。

奈良22奈良23
既に16時を回っているので、有料の神苑は閉まっています。その横に、苑内に吸い込まれている「内侍道(ないしみち)」がありました。

奈良24とにかく石灯籠だらけですが、目に留まったのがこの大きな二基。「砂糖商 大阪伊藤茂七」の名を刻んでありました。豪商やってんやろな〜。


奈良25そして、4月に新装なった一の鳥居。朱が際立っています。


奈良26
帰りは東向〜餅飯殿〜小西をぶらぶらと。
これは餅飯殿通。両雄?並び立っていますが、これだと騒動の本質を「経済効果」でチャラにした感じがして、なんだかな〜と思います…。

JR奈良駅から
2.3km 南大門
1.1km 転害門
1.3km 二月堂
1.7km 手向山神社※遠回りしなければ150m
300m 若草山入山口
650m 春日大社
350m 紀伊神社
2.3km 東向通(東向弁財天前から)
約10kmの散歩。

奈良01奈良公園。手前の方しか歩いた事が無かったので、山裾まで大きく一周して来ました。まずは何度か通っている興福寺→博物館横→東大寺参道。
南大門手前の吉城川(よしき-)。鹿も暑い。


奈良02大仏殿には入らず、左縁を通り、礎石が残る焼門(中御門)跡へ。
観光客はぐっと減ります。一方、若草山の有料道路の導入路なので車は多いです。


奈良03転害門(てがいもん)。
東大寺内最古の建造物です。テガイモン前のバス停名は、手貝町(てがいちょう)です。
門は柵で覆ってあり通れませんが、南側(写真右側)で通り抜けられます。


奈良04正倉院の北から東へ回り未舗装路に入ると、また礎石群が目に入ります。
東大寺の講堂跡とか僧坊跡とか、そんな所らしい。


奈良05大仏殿の北縁から裏参道を通り、石段を上がると二月堂、三月堂、四月堂。
二月堂や三月堂は知っていましたが、四月堂は知らなかった(か、忘れていた)。


奈良06三月堂前の茶屋から再び石段を下り、鐘楼へ。正面に大仏殿。


奈良07再び南大門をくぐり、浮雲園地内を抜けます。正面が若草山、右手は新公会堂。
手向山神社(たむけやま-)をかすめて、山裾を南下。


奈良08土産物屋の並ぶ筋の向かいに、若草山入山口。閉山中でした。今年の?開山期間は3月15日〜6月15日、9月13日〜11月24日となっていました。


奈良09
人の入らない若草山で悠々と草を食べる鹿。
続く

奈良公園21
奈良の続き。
奈良町を後にして、時間まで少しだけ奈良公園を散歩。鷺池に浮かぶ浮見堂と池畔の百日紅(サルスベリ)、そして鹿さん。

奈良公園22鷺池から荒池の北側に抜ける道で、朽ち崩れた土壁を発見。調べたら分かるかなと思ったけど、今のところ何の跡なのか不明です。


夕方から友人と合流。とりあえず乾杯した後、日の暮れた奈良の町をガイドされながら再び散歩。

奈良公園23これがあると知って奈良に来ていた訳では無いけれど、たまたまやってた(8月11日です)「奈良燈火会(なら燈火会=ならとうかえ)」。奈良公園全体をローソクの明かりで灯すイベントです。ここは県庁前。


奈良公園24この日は県庁の屋上にも上がる事が出来ました。燈火会は見えませんが、興福寺の五重塔と奈良の夜景、左に振り向けば東大寺のライトアップも見えます。
花火も見えました。方角と時間から、たぶんひらパーの花火だと思うのですが…。


奈良公園25奈良公園26
公園内ステージ付近の昼夜比較。

奈良公園27奈良公園28
そしてこちらは、猿沢池から見た興福寺五重塔の昼と夜です。
昼も夜も楽しませて頂きました。

奈良町1元興寺(がんごうじ)の前に一つ…。
大宮通とJRの立体化工事の現況です。上段が大宮跨線橋の残り部分、中段がまだ工事中で未開通のJR高架。


奈良町2奈良町3餅飯殿通の筋を三条通から奈良町(ならまち)方面に四丁半ほど南下すると、史跡「元興寺小塔院跡」、真言律宗 小塔院の西門が左手に現れます。


奈良町4西小塔院があったとされる境内は御堂と思われる建物しか見当たりませんが、奈良オリエント館の裏口にも通じています。


奈良町5小塔院の東門は写真の左。右の「豆腐庵こんどう」「奈良オリエント館」と一体化しています。東門も西門もごく普通の家屋の佇まいで、注意しないと気付かずに通り過ぎそう。


奈良町6奈良町7
オリエント館から北へすぐの所に庚申堂、そして写真の「奈良町資料館」。記してある通り、1451年に炎上した元興寺本堂(金堂)跡に相当します。
奈良町のあちこちにぶら下がっている庚申さんの「身代わり申」はここで販売しています。

奈良町8奈良町物語館前を通って上ツ道(上津道、上街道)を南下した所にあるのが、史跡「元興寺塔趾(元興寺塔跡)。手前の門と奥の門の間には一般家屋があり、この日は運送屋さんが冷蔵庫?を運びに来ていたと言う、史跡にしては不思議な光景に出くわしました。


奈良町9東塔院と称していたこの地にはかつて五重塔があったのですが1859年(安政6年)に消失し、今は石の基礎が残るのみです。


奈良町10再び北へ、一筋東の道に面して史跡「元興寺極楽坊(境内)」(真言律宗 元興寺)が在ります。ここが言わば元興寺観光のクライマックス。国宝の極楽堂(本堂)と畳一面の禅室、四季折々の花の庭に、資料館たる収蔵庫があり、有料。


奈良町11石仏前の桔梗や本堂前の蓮は少々時期を過ぎていたので、境内北側にあった百日紅(サルスベリ)を一枚。
やっぱりそれなりの季節に来なあかんね。


奈良町12奈良町13
北上して上ツ道の起点、つまり猿沢池へ。
池のすぐ南を流れる「率川(いさがわ)」を覗くと見えるのが愛らしい「率川船地蔵」。この付近に元興寺北端の「北土門」があったと推察されます。「奈良町まるごと元興寺」だったんですね…。
ちなみに率川神社はここより三丁西の、やすらぎの道に面して在ります。

奈良散策は続く

郡山1唐突ですが、大和郡山です。JR郡山駅西側の外堀緑地近くにある、薬園八幡神社(やくおん-)。


郡山3拝殿を撮っていると神社の方がお声をかけて下さって、いろいろ紹介して頂きました。
一対一で境内を案内して頂いたのは、文子天満宮以来です。


郡山3八幡宮の「八」の字が、鳥の対になっています。これは建物内部で、許可を得て撮らせてもらいました。
他にも藤田常栄筆の左に金・右に白の唐獅子が描かれた襖絵や、顔の描かれている小野小町(=通常は百人一首で見られるように後ろ向き)を始めとする三十六歌仙絵など、細部まで御説明して下さいました。


郡山4鉄灯籠。文政年間(1818-1829)のもの。


郡山5髭跡の青銅が目の下に残る狛犬(青銅が残っているのはこの一箇所だけで、他は穴になっている)。そしてここの狛犬は、珍しく男女の性器が明確に表現されている事まで教わりました。


郡山6境内は一部工事中。右手に授与所が新築される予定です。
「延喜式以前の続日本紀(しょくにほんぎ)に記述がある神社で、県や市の文化財に指定されているが、もっと理解して頂いて国に指定されれば有難い。それには尚一層の宣伝が必要(なので、参拝者=私に細かく説明する)」との事でした。
と言う訳で、今回の「城下町郡山歩き」のトップ+単独記事に決定。

郡山歩きは続く


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